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薬草園歳時記(16)チャノキ(茶の木)と茶 2022年4月


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茶(在来種)の花(薬草園提供)

茶(ヤブキタ)の葉(左)と花(薬草園提供)

 チャノキ(茶の木)の学名は Camellia sinensisで、ツバキ科ツバキ属の常緑樹である。野生では高木になる。栽培樹は茶の葉の収穫に便利なように低木に仕立てられている。葉(茶葉)や茎を加工して、湯や水で抽出したものが飲用の「茶」である。「チャの木」あるいは「茶樹」とも書く。チャノキを単にチャ(茶)と呼ぶこともある。

 チャノキには大きく2つの変種があり、基準変種のチャノキ (Camellia sinensis var. sinensis) とアッサムチャ (Camellia sinensis var. assamica)である。チャノキは中国南部に自生する灌木で、丈夫な枝、短い茎、細長い葉を持ち、藪や岩だらけの傾斜地などに自生し、0.9 - 5.5メートルに成長する。インドのアッサム地方に自生するアッサムチャは8 - 15メートルにも達する高木になる。大きな葉をつけるため茶葉の収量は多い。
 中国や日本の茶畑で栽培されるチャノキは通常、1メートル前後に刈り込まれるが、野生状態では2メートルに達する例もある。幹は株立ちで、よく分枝して枝が混み合うが、古くなると、さらに基部からも芽を出す。樹皮は灰白色で滑らかで、幹の内部は堅い。若い枝の樹皮は褐色で一年枝では緑色で毛が生えているが古くなると灰色になる。古木は堅いので彫刻するのには苦労するが艶のある作品となる。

 日本茶はほとんどの種類が不発酵の緑茶である。ごく一部、中国茶の黒茶に近い発酵茶が製造されていて漬物茶と呼ばれる。例えば徳島県の阿波番茶、高知県の碁石茶、愛媛県の石鎚黒茶などがそれで、四国に多い。岡山県の玄徳茶、富山県のばたばた茶などがある。ばたばた茶は北前船の文化との関連で糸魚川でも見られる。

 不発酵茶というのは茶の葉を早い段階で加熱することにより発酵を止める製法で、加熱方法によって種類がある。日本における緑茶は、蒸すことで加熱処理をして、酸化、発酵を止めたのち、揉んで乾燥させる蒸し製という製法で作る。蒸し製は日本の緑茶の特徴で、世界的に珍しい茶葉の加熱方法である。世界的には緑茶は釜で炒る加熱処理が一般的で、中国茶で主に用いられる。この製法による日本茶は釜炒り茶と呼ばれ、九州の嬉野茶やぐり茶などが知られている。

 日本茶の緑茶の大分類では、中世までに確立した茶道における「抹茶(挽茶)」と、それ以外の広義の「煎茶」に分けられる。狭義の「煎茶」とは、玉露(高級品)、番茶(低級品)の中間に位置づけられる中級品の緑茶という意味である。

 茶は、奈良時代、聖武天皇の天平元年(729年)に、宮中に100人の僧侶を集めて大般若経を講義し、その2日目に行茶と称して茶を賜ったと伝えられていることから、日本へはそれ以前にアジア大陸から渡来したと考えられている。飲用される茶は、建久2年(1191年)に栄西が中国から持ち帰った種子の子孫にあたるといわれている。日本で現在栽培されている栽培品種は、「やぶきた」系統が約9割を占めている。やぶきたは、1955年(昭和30年)に選抜されて静岡県登録品種になった栽培種である。

 日本では栽培される以外にチャノキを山林で見かけることもある。縄文時代晩期の埼玉県岩槻市の真福寺泥炭層遺跡や縄文弥生混合期の徳島県徳島市の徳島浄水池遺跡からチャの実の化石が発見された。九州や四国に、在来(一説には、史前帰化植物)の山茶(ヤマチャ)が自生しているという報告がある。山口県宇部市沖ノ山の古第三紀時代始新世後期(3500万年 - 4500万年前)の地層からチャの葉の化石が発見され、「ウベチャノキ」と命名された。このようなことから、日本種を固有種として位置づける説もある。
「日本茶自生論」が提唱されている。

 日本の茶の輸出は、江戸時代初期の慶長15年(1610年)、オランダ東インド会社により平戸からヨーロッパへ初めて日本茶が輸出されたことに始まる。21世紀に入って、日本茶は世界的な健康志向や和食ブームを背景にして海外でも愛飲されるようになった。日本茶の中心である緑茶の輸出額は平成28年(2016年)に過去最高の約115億円となった。日本茶を出す欧米風カフェも増えているという。

 静岡で茶園ができたのは大政奉還後である。大政奉還の翌慶応4年、徳川慶喜が家督を田安亀之助改め徳川家達(いえさと)に譲ると、家達は静岡藩70万石に移封され、6000人の幕臣が駿府に移った。その中の慶喜の護衛にあたった精鋭隊隊長の中條金之助、副隊長の大草太起次郎、松岡万ら約300名が、明治2年、版籍奉還を受けて帰農を決意し、牧之原台地で茶園の開墾に乗り出した。明治3年には彰義隊の残党数名も合流し、また大井川の川越人足も明治3年の渡船許可によって職を失い、100名ほどの者が牧之原への入植を許された。その後農民らによる牧之原はじめ静岡県各地での茶園の開墾も増えていった。牧之原台地は水の便が悪いため稲作農民からは放置されていた。水をあまり必要としない茶園も水の確保には苦労し、灌漑などの環境整備、品種改良や栽培、茶葉加工方法の工夫による品質向上の取り組みは太平洋戦争後まで続いたという。

 静岡茶は静岡県で生産されているお茶(緑茶)とそのブランド名であるが、牧之原台地とその周辺地域が最大の生産地である。宇治茶、狭山茶と並んで日本三大茶とされている。

 2022年の入学式の式辞でも紹介したが、アメリカ合衆国の国立生物工学情報センターが運営する「PubMed」という検索エンジンがあり、そこで「tea」というキーワードで検索すると、世界の16番目に本学が出ている。さらに「Japan」というキーワードを加えると最初に静岡県立大学があり、研究者の欄のトップには本学茶学総合研究センターの海野けい子先生が載っている。また、5人目には本学の健康支援センター長である山田浩先生の名がある。山田先生は健康に関するカテキンの効用を学生に教える。静岡県立大学の茶学総合研究センターでは、さまざまな茶に関する取り組みが行われており、2021年度の緑茶の機能性と疫学に関する研究成果には、茶の成分の脳における作用について、カテキン、テアニンなどのことがあり、緑茶による脳の老化予防などの報告もある。


お茶の花うれしきときも俯きて   後藤比奈夫
壺一つのりたる棚の新茶かな    阿波野青畝

  雲南省にて
茶の花や「茶樹王」二千七百年      和夫

茶の花のほつりほつりと枳殻邸      和夫
果たし状新茶を添へて送りけり

 雲南省アイロウ山脈の密林に、「茶樹王」と呼ばれる茶の木が聳えている。樹齢2700年と言われ、樹高は25mに及ぶ。鑑定も行われて2000年にギネスに登録された。静岡県島田市金谷富士見町にある「ふじのくに茶の都ミュージアム」には、茶樹王のレプリカとその地域に暮らすラフ族のお茶が紹介されている。

 ところで、前回の「黒文字」で、京都市の京北にある「ペンション愛宕道」のことを紹介したが、そこで出される「黒文字茶」が届いた。それをさっそく頂いてみたが、とても爽やかな香りで美味しかった。今回はチャノキの茶のことを書いたが、チャノキ以外の植物からの飲物に、何々茶と呼ばれるものがたくさんある。茶と呼ばれているがチャノキ以外の植物などから作られる飲料と複数の原料を調合した非茶類の飲料のことを総称して「茶外茶」という。

京都京北の黒文字茶

 中国ではチャノキより採取した茶葉を用いた茶を「茶葉茶」と呼んで区別し、台湾では茶葉を茶芯といい「茶芯茶」と呼ぶ。チャノキ以外からの飲物は、中国では「茶外之茶」、「非茶」、「非茶之茶」などと呼ばれ、保健茶、薬茶、養生茶、花茶、工芸茶などが含まれる。植物を原料とするものは「草本茶」または「花草茶」と呼ばれる。日本では「茶ではない茶」、「茶外の茶」などとも呼ばれ、健康茶、野草茶、代用茶、養生茶、漢方茶、変わり茶などがある。麦茶、甘茶、柿茶、ハブ茶、黒豆茶、そば茶、梅茶、昆布茶などが知られている。

 さまざまな国のチャノキ以外の植物由来のものも国内でたくさん飲まれている。カモミール茶、ラベンダー茶、ミント茶、レモングラス茶、ルイボス茶、マテ茶などがすぐに思い出される。

尾池 和夫


2022年入学式の式辞
/news/20220408-1/

薬学部の薬草園サイトはこちらからご覧ください。
https://w3pharm.u-shizuoka-ken.ac.jp/~yakusou/Botany_home.htm

キャンパスの植物は、食品栄養科学部の下記のサイトでもお楽しみいただけます。
https://dfns.u-shizuoka-ken.ac.jp/four_seasons/

下記は、大学外のサイトです。

静岡新聞「まんが静岡のDNA」の記事でも薬草園を紹介しました。
https://www.at-s.com/news/article/featured/culture_life/kenritsudai_column/742410.html?lbl=849

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