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薬草園歳時記(13)七草 2022年1月


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七草粥の準備

 「春の七草」は新年の植物の季語で、七草、七種粥、齊粥、若菜粥、七日粥、若菜の日、宵齊、二齊、若菜の夜、叩き菜、七種貰、七種もらい、七種売などの傍題がある。また、新年の生活の季語には、七種粥(傍題に七草粥、七日粥、薺粥)、若菜摘(若菜摘む、若菜狩 若菜籠)、薺打つ(薺はやす、七草打つ、七草はやす)、七種爪(七草爪、薺爪)など、豊富な表現があり、日本の文化に重要な位置を占めていることがわかる。

 春の七草とは、野草または野菜から選ばれた7種類を指す。① せり(芹)(植物名:セリ)、② なずな(薺、初薺、薺売)(植物名:ナズナ(別名:ペンペングサ))、③ ごぎょう(御形、五形)(植物名:ハハコグサ、母子草(別名:オギョウ))、④ はこべら(繁縷)(植物名:ハコベ)、⑤ ほとけのざ(仏の座)(植物名:タビラコ(コオニタビラコ)、田平子)、⑥ すずな(菘、菁)(植物名:カブ、蕪)、⑦ すずしろ(蘿蔔)(植物名:ダイコン、大根)、それぞれもまた植物の新年の季語でもある。一月七日は「人日の節句」で、この日、七草を粥や雑炊に炊き込んで食べると、一年間、邪気を祓う。

 ダイコンとカブは栽培種であるが、それ以外は野生でよく見かける。セリは湿った所に生え、ナズナやハハコクサ、ハコベは薬草園の圃場や大学の周りでも秋から発生する。タビラコ(コオニタビラコ)は近縁のヤブタビラコととてもよく似ているので区別が難しい。一般にタビラコと言えばコオニタビラコを指し、ヤブタビラコは七草には用いない。

七草や袴の紐の片むすび   蕪村
君がため春の野に出でて若菜摘む我が衣手に雪は降りつつ 光孝天皇

若菜籠という題があるが、七草を1つの籠で育てて飾る。

セリ(薬草園提供)

大根を持つ尾池富易堂rich88手机版

 私が七草粥のために静岡の生活協同組合ユーコープ城北店で購入した七草の中の蘿蔔(大根)には、たいへん残念なことに葉が付いていなかった。大根の葉には豊富な栄養があり、俳句の講義の時にも、この「大根の葉」を兼題にして詠むことをすすめている。

 大根の根には、アミラーゼ、プロテアーゼ、リパーゼなどの消化酵素が含まれていて、大根おろしは、その効果を利用する調理方法である。アミラーゼ(でんぷん分解酵素)効果を期待する場合は、例えば餅に大根おろしをからめて食べる「からみ餅」や、おろしそば、おろしうどん、などが知られる。プロテアーゼ(たんぱく質分解酵素)の効果は、例えば、蛸を大根おろしにつけて、もみ洗いして調理すると柔らかくなる。リパーゼ(脂肪分解酵素)の効果は、鶏唐揚げのみぞれ和えなどに活かされる。大根の辛味は、ラファサチンと呼ばれるイソチオシアネート(芥子油)成分の一種による。おろすことでグルコラファサチンが酵素と反応して分解され、生成される。発がん抑制作用や抗菌作用があるとされる。

 一方、大根の葉はβ-カロテンを含む緑黄色野菜である。ビタミンCやE、カリウム、カルシウム、鉄などのミネラル類、葉酸、ビタミンEなどが含まれ、とくにカルシウムの含有量は、野菜の中でも上位である。この葉を刻んで雑魚と一緒に炒めてふりかけなどにして利用する。

 例えば、100gあたり含まれるカリウムの量を七訂日本食品標準成分表で比べると、大根の根の部分(皮付きの生)では230mg、大根の葉の部分では400mg、切り干し大根の乾物では、3500mgである。同じく鉄分を比べると、それぞれ、0.2mg、3.1mg、3.1mgであり、ビタミンCでは、それぞれ、12mg、53mg、28mgである。

 大根の種類は多い。中でも桜島大根は、200年以上の昔から鹿児島県の桜島で栽培されてきた歴史のある伝統野菜である。桜島の噴火による火山灰と、軽石状を含む土で栽培することで大きく、みずみずしい大根に育つ。桜島本島で収穫されたものを「ほんじま」と呼び、その他の地域の物を「いなかじま」と区別する。桜島大根は収穫の際に、葉を藁で縛り、葉付きの状態で出荷される。10kg前後あるものが多いが、大きいもので20kgを超え、毎年桜島で出来栄えを競う「世界一桜島大根コンテスト」が開催される。現在世界一の重さ31.1kg、胴回り119cmがギネス世界記録に認定登録されている。生のまま食べると、みずみずしく歯ざわりが心地よい。辛味はなく、ほんのりと甘い。葉柄の両側にびっしりと緑の葉が並ぶ。葉の本数は普通の大根よりはるかに多く、日光を吸収するようになっている。
 静岡県公立大学法人の職員のご家族に鹿児島出身の方がおられて、いろいろ興味深い話を伝えてくださった。鹿児島人は大根の漬物が好きで、自宅でも作る。蕎麦屋、ラーメン屋では無料で大根の浅漬けが出される。味噌漬けもあり、浅漬けはサラダのように軽く、味噌漬けはご飯が進む。鹿児島では桜島大根の漬物はたくあん以上に身近な漬物であるという。桜島大根の料理としては、豚骨とともにこってりと煮たり、鶏肉と炊くなど、普通の大根と使い方は似ているが、併せる食材は鹿児島特有かもしれない。桜島大根はきめ細かくて煮崩れしにくい。鹿児島の郷土料理「豚骨」は薩摩武士が戦場や狩場で作ったのが始まりといわれ、それぞれの家庭の作り方がある。スペアリブなどの骨付きの部位や軟骨を桜島大根や人参、蒟蒻などと味噌、醤油、黒砂糖、焼酎で煮込む。

 農家では桜島大根を切り干し大根に加工するために独特の道具を使う。直径が大きい桜島大根を横向きの棒に差し込み、幅の狭い歯を押し当てて手回し式ハンドルを回すと、歯が大根の頭と尻尾を行き来しながら、薄く長く剝いていく。

 静岡県では、箱根西麓、榛南地域、浜松市三方原、湖西市などで大根の生産が盛んである。箱根西麓の冬の風物詩である「大根の天日干し」で生まれる沢庵も絶品で、冬野菜の大根は、「静岡おでん」にも欠かせない。

マニキュアの指大根を選びをり    和夫

シロイヌナズナの花(左)と畑(薬草園提供)

 春の七草とは直接関係がないが、薬草園にシロイヌナズナ(白犬薺、学名:Arabidopsis thaliana)がある。七草のナズナとは異なるアブラナ科シロイヌナズナ属の一年草で、植物のモデル生物として有名である。シロイヌナズナは、2000年12月に植物として初めて全ゲノム解読が終了した植物である。ゲノムサイズは1.3億塩基対、遺伝子数は約2万6000個と、顕花植物では最小の部類に入る。染色体は5対である。ゲノムサイズが小さいこと、一世代が約2ヶ月と短いこと、室内で容易に栽培できること、多数の種子がとれること、自家不和合性を持たないこと、形質転換が容易であることなど、モデル生物としての利点を多く備えているため、研究材料として利用しやすい。

 多くの変異系統が維持されており、日本国内では理化学研究所バイオリソースセンターやかずさDNA研究所などで、cDNA情報の公開、変異株の収集?維持?配布を行っている。国際宇宙ステーションでも生育実験を目的として栽培されていたが、給水設備の不調により、2008年6月、スペースシャトル?ディスカバリーにて地球に持ち帰られることになった。

 シロイヌナズナは遺伝子の働きのこと、タンパク質のことが、全ての植物の中で一番良く調べられており、多くの大学の生物学研究室で愛用されている。静岡県立大学には大学院薬食生命科学総合学府があり、そこで小林裕和教授が2020年3月まで研究と教育を行っていたが、その研究成果の中にも、モデル植物シロイヌナズナ [Arabidopsis thaliana (アラビドプシス)] を用いて、光合成遺伝子発現制御機構の解明、自然環境ストレス耐性機構の解明および光合成活性の改良などを試みがあった。さらにこれらの研究成果をレタスなどの野菜類などにも応用していた。

 小林裕和さんは、奈良県生駒市にある奈良先端科学技術大学院大学に招かれて、研究推進部門長 (特任教授) として2021年10月より研究を続けている。ご本人の記事によると、「サケの回帰性のように、年を取ると郷里に近づくことが多い。私の場合は、京都府福知山市にて両親が健在。ここに近いというのが、奈良先端からの依頼に応える理由の1つです。また、奈良先端大は山中伸弥さんがノーベル賞受賞対象となる研究をされた場所であり、私の専門分野である植物科学においても著名な研究成果が発表されており、研究レベルの高さも魅力です」とある。小林先生は静岡県立大学在職中に静岡新聞「まんが静岡のDNA」の企画の中心としても活躍していただいた。


尾池 和夫


薬学部の薬草園サイトはこちらからご覧ください。
https://w3pharm.u-shizuoka-ken.ac.jp/~yakusou/Botany_home.htm

キャンパスの植物は、食品栄養科学部の下記のサイトでもお楽しみいただけます。
https://dfns.u-shizuoka-ken.ac.jp/four_seasons/

下記は、大学外のサイトです。
静岡新聞「まんが静岡のDNA」の記事でも薬草園を紹介しました。
https://www.at-s.com/news/article/featured/culture_life/kenritsudai_column/742410.html?lbl=849

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