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薬草園歳時記(28)紫陽花の色 2023年6月


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薬草園の温室棟前のアジサイ(左)とガクアジサイの(右)(2023-6-13撮影)

 アジサイ(紫陽花、学名:Hydrangea macrophylla)は、アジサイ科アジサイ属の落葉低木の一種である。属名のHydrangea(アジサイ属)はギリシャ語で水瓶などを意味し、種小名のmacrophyllaはラテン語で大きな葉を意味する。6月から7月にかけて開花し、白、青、紫または赤色の萼(がく)が発達した装飾花を持つ。広義には「アジサイ」の名はアジサイ属植物の一部の総称でもある。狭義には品種の一つ H. macrophylla (Thunb.) Ser. f. macrophylla の和名で、他との区別のためこれが「ホンアジサイ」と呼ばれることもあり、花序が球形で、すべて装飾花となったアジサイは、「手まり咲き」と呼ばれる。

ヤクシマアジサイ(左)とヤクシマアジサイの名札(右)薬草園提供

 ガクアジサイ(額紫陽花、学名:H. macrophylla Ser. f. normalis )は、房総半島、三浦半島、伊豆半島、伊豆諸島、和歌山県神島、四国足摺岬、南硫黄島、北硫黄島で、海岸に自生する。ハマアジサイとも呼ばれる。花序は多数の両性花を中心として、装飾花が周りを縁取る。「ガク」はこのさまを額縁になぞらえたものである。花序の周辺部を縁取るように並び、園芸で「額咲き」と呼ばれる。

 日本、ヨーロッパ、アメリカなどで観賞用に広く栽培され、多くの品種が作り出されている。ヨーロッパで品種改良されたものはセイヨウアジサイ(西洋紫陽花、学名:H. macrophylla Ser. f. hortensia )または、ハイドランジアと呼ばれる。梅雨期に主として挿し木によって繁殖させる。



 アマチャ(甘茶)はヤマアジサイの変種である。ヤマアジサイの仲間は山地に自生するが、野生のアマチャは稀で、多くは寺院などで栽培されている。ヤマアジサイの変種の中でも特に、葉や枝に甘みの強い成分変異株が民間で発見され、甘味料などに使われるようになった。葉を噛むと甘いのでこの名があるが、生の葉は苦く甘くない。葉を揉んで、発酵させると甘み成分が出る。

 江戸時代以前には、あまり知られていないらしく、それより以前の古書には記載がないようだ。江戸時代から灌仏会(花祭り)の際、仏像に注ぎかけることが古くから行われてきた。釈尊誕生の際、八大竜王が歓喜して甘露の雨を降らせ、お釈迦様を湯浴みさせたという故事による。明治の頃まで、各寺で参詣の人々に甘茶を盛んにふるまっていた。甘茶は昔から食用とされてきた植物である。

アマチャ(左)(2023-6-12撮影)とアマチャの名札(右)

 花は蕾のうちに摘み、枝葉を良く生育させる。8月頃に葉や枝先を採取し、日干しで乾燥させたものに、水を噴霧して樽などに詰めて24時間発酵させ、それを蒸して揉捻し、再度乾燥させたものである。それを煎じた飲料も甘茶と呼ぶ。

 アマチャ(甘茶)は甘みがあるが、ズルチン類似の物質で糖類ではない。主要成分はフィロズルチン配糖体で砂糖の約1000倍の甘みを感じる。そのため糖尿病疾患者のために砂糖の代わりに用いられる。フィロズルチン配糖体には抗酸化作用があるとされるが、薬用では主に矯味剤に用いられ、生薬、医薬品として日本薬局方に収載されている。

アマチャヅル(2023-6-12撮影)

 名前が似ているアマチャヅル(甘茶蔓)はウリ科のつる性の多年草である。アマチャヅルの葉または全草を湯などで抽出した茶も「甘茶」という場合があるが、本来の甘茶はヤマアジサイの変種のアマチャ(甘茶)のものである。また、中国では古くから愛飲されている甜茶(てんちゃ)とも異なる。甜茶はバラ科の植物の葉から作られる甘味のある健康茶である。花粉症に効くとされ、抗炎症作用があると考えられている。
 伊豆半島の山地に自生しているヤマアジサイの変種はアマギアマチャであり、これらも葉と枝先に甘味成分があるとされる。古くから、この地方では、この木を甘木(あまぎ)と呼び、この木が沢山と生えている山をのちに天城山と呼ぶようになった。アマギアマチャはアマチャより甘みが少ないので、栽培され利用することはないが、装飾花、両性花が共に清楚な白色で園芸用に人気がある品種である。

アマギアマチャ(左)(2023-6-12撮影)とアマギアマチャの名札(右)薬草園提供

 甘茶を飲用しても害は無いと考えられているが、濃過ぎる甘茶を飲むと中毒を起こして嘔吐する。花祭りの際に濃過ぎる甘茶を飲んだ児童が、集団食中毒を起こした事例がある。一般にアジサイ属の植物には、葉に青酸配糖体が含まれており、食べると中毒を起こす可能性が考えられる。厚生労働省では、濃い甘茶を避け、甘茶の乾燥葉2グラムから3グラム程度を、1リットルの水で煮出す甘茶の作り方を推奨している。

 アジサイの毒性には諸説があり、厚生労働省は「2008 年に発生した食中毒を機に、毒性成分が再検討されているが、未だ定かではない」と解説している。また、中毒の発生事例として、2008 年 6 月 13 日、茨城県つくば市の飲食店で、料理に添えられていたアジサイの葉を食べた 10 人のうち 8 人が、食後 30 分から吐き気?めまいなどの症状を訴えたというものと、2008 年 6 月 26 日、大阪市の居酒屋で、男性一名が、だし巻き卵の下に敷かれていたアジサイの葉を食べ、 40 分後に嘔吐や顔面紅潮などの中毒症状を起こしたという事例が掲載されている。後者の事例は、私も新聞記事で記憶している。アジサイの葉が山葵の葉に似ているので、毒と知らずに使ったというような説明があった。いずれの事例も、重篤には至らず、2~3 日以内に全員回復したというが、食べない方が良い。

 アジサイの花(萼)の色はアントシアニンによるもので、アジサイにはその一種のデルフィニジンが含まれている。これに補助色素(助色素)とアルミニウムのイオンが加わると、青色の花となる。アジサイは土壌のpH(酸性度)によって花の色が変わり、一般に「酸性ならば青、アルカリ性ならば赤」になると言われている。これは、アルミニウムが根から吸収されやすいイオンの形になるかどうかということに、pHが影響するためである。土壌が酸性だとアルミニウムがイオンとなって土中に溶け出し、アジサイに吸収されて花のアントシアニンと結合し青色となる。土壌が中性やアルカリ性であると、アルミニウムは溶け出さず、アジサイに吸収されないため、花は赤色となる。

装飾花が赤色の場合は土壌がアルカリ性に近い(リトマス試験紙とは逆となる)

 花を青にしたい場合は、酸性の肥料やアルミニウムを含むミョウバンを与える。同じ株で部分的に色が違うのは、根から送られてくるアルミニウムの量に差があるためである。色は花(萼)1グラムあたりに含まれるアルミニウムの量がおよそ40マイクログラム以上の場合に青色になると見積もられる。品種によっては遺伝的な要素で花が青色にならないが、これは補助色素が原因であり、もともとその量が少ない品種、効果を阻害する成分を持つ品種である。土壌の肥料の要素によっても変わり、窒素が多く、カリウムが少ないと紅色が強くなる。
 花の色は開花から日を経るに従って変化する。最初は花に含まれる葉緑素のために薄い黄緑色を帯びており、それが分解されていくとともにアントシアニンや補助色素が生合成され、赤や青に色づいていく。さらに日が経つと有機酸が蓄積されてゆくため、青色の花も赤味を帯びるようになる。花の老化によるもので、土壌の変化とは関係なく起こる。花が緑色の品種(ヤマアジサイ「土佐緑風」など)もある。観賞用として緑の花が販売されることもある。ファイトプラズマ感染による「アジサイ葉化病」にかかったものも稀にあり、発病株は処分したほうがよい。

 白いアジサイはアメリカ合衆国で品種改良されたもので、アナベルと呼ぶのが一般的になっているが、アメリカアジサイまたは、アメリカノキと呼ぶことがある。アントシアニンを持たないため、土壌の酸性、アルカリ性などに無関係に白くなる。寒さや乾燥に強く、育て易い。一般的なアジサイは前年度に伸びた枝先に花芽が付く「旧枝咲き」に対してアナベルは「新枝咲き」で、春に伸びた枝先に花芽が付く。そのため剪定期限に余裕があるため、管理し易く樹形をコンパクトにできる。最近は品種改良が進み、大輪やピンクやライムグリーンの花色の品種がある。

 北アメリカ東部原産のカシワバアジサイ(柏葉紫陽花)は、名が示すとおりアジサイの仲間で、咲き始めのころは緑がかった花で、次第に白色の花に変化する。また、カシワバアジサイは開花時に芳香がする。スノーフレークは、円錐形の花房が美しいカシワバアジサイの八重咲き品種で、花の重さで、お辞儀をしている様に優しく垂れる。冷地でも良く育ち、秋の紅葉も良い。アナベルもカシワバアジサイも洋風のガーデンに定番の花木となっている。

カシワバアジサイの八重咲き、ノースフレークという品種(焼津市 花沢の里)


スウェーデンのウプサラ大学にあるツュンベルクの肖像

 アジサイの仲間の植物の分類に関わりをもった学者は多く、日本の植物学の進歩は江戸時代から西洋人によって発展していく。鎖国時代にオランダ人と偽って出島に滞在し、医療と博物学的研究に従事したドイツ人医師、博物学者シーボルトは、オランダに帰還してから共同研究者で同国の植物学者、ツッカリーニと共著で『日本植物誌』を著した。その際アジサイ属 14 種を新種記載した。その中にはすでにスウェーデン人のツュンベルクによって記載されていたものもある。ツュンベルクも医師として滞在し、日本の植物の収集や研究に励み、『日本植物誌』に関わりをもった人物である。

コアジサイ(学名:Hydrangea hirta (Thunb.) Sieb. et Zucc.)(箱根やすらぎの森)

 各種植物図鑑においては種の発表者や記載者に対して、尊敬と経緯などを推測することができる。 現在は採用されることがないアジサイの学名標記にHydrangea macrophylla (Thunb.) Ser. var. otaksa (Sieb. et Zucc.)Makino) がある。種の記載者がフランス人の学者、セランジュ(Ser.)とツュンベルク(Thunb.)であり、変種の記載者がシーボルトとツッカリーニ(Sieb. et Zucc.)、または牧野(Makino)であると示している。
 シーボルトが自著の中で otaksa を日本で「オタクサ」と呼ばれていると由来を説明している。牧野は著書の中で、日本国内でこの呼称が確認できなかったことから、シーボルトが妻の滝(お滝さん)の名を潜ませたと推測した。シーボルトは、1828年(文政11年)、国禁となる日本地図、鳴滝塾門下生による数多くの日本国に関するオランダ語翻訳資料の国外持ち出しが発覚してスパイ容疑で国外追放となった。

 俳句では紫陽花は仲夏、植物の季語であり、四葩(よひら)、七変化という傍題も持っている。万葉集には2首のみであるが、平安後期あたりから多くの和歌が詠まれている。

あぢさゐの下葉にすだく蛍をば四ひらの数の添ふかとぞ見る 藤原定家
雨に剪る紫陽花の葉の真青かな  飯田蛇笏
人生に前篇後篇額の花      和田悟朗
紫陽花や人にやさしき昨日けふ  片山由美子
別れてもいづれの道も四葩咲く  大高 翔
ひとけなき都心の夜や七変化   富沢壽勇
紫陽花の白を手向けし慰霊の碑  尾池和夫

今回も薬草園の山本羊一氏に多くのご意見をいただいた。

尾池和夫


●参考URL
厚生労働省 自然毒のリスクプロファイル:高等植物:アジサイ
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000082116.html

wikipedia「アジサイ」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%82%B5%E3%82%A4


●参考文献
佐藤 嘉彦「アジサイ(広義)の葉の解剖学的研究」、横浜国立大学教育学部理科教育実習施設研究報告(1983-1997)第05号

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